ごあいさつ

花の半島へ

専業主婦も30年近くたったころ、「『花の半島』に移ろう」と夫が唐突にいい始めました。わたしはずいぶんためらいました。伊豆は東京から電車で2時間ほどですが、人里離れた高原で、隣家もまばらで、夜は漆黒の暗闇でした。

しかし、すぐに山麓の生活に魅せられました。黒潮のおかげで温暖で、時の流れはゆるやかでした。さざんか、つわぶき、マグノリアなど、深紅、黄金、純白の色鮮やかな花が咲き乱れています。光の粒子が燦々と弾け、花の色も絶え間なく変わります。そこには、幼年時代を過ごした懐かしい田舎の風景がありました。

果てしなき旅

野原を散歩するたびに、心は軽く、ウキウキした気分になります。花の香りが周囲を満たします。目を凝らすといろいろな発見があります。雲が流れ、風が吹き、木立が揺らいで、日の光は目まぐるしく変ります。光が変わると花の色調も変わります。花と光の競演は、まるで印象派の音楽を聞くようでした。そこは別世界でした。

この素晴らしい世界を身近な人に伝えたいと思い、写真を撮り始めました。手始めに年老いた故郷の父母や花好きの知人・友人に花の写真を送りました。思いがけなく好評だったのに力を得て、本格的に色彩学を学び、プロの写真家3名の指導を受けました。それ以来、毎朝2時間をかけ、野原や雑木林や道ばたで野の花を撮り続けています。

花と一体となる

数年ほど試行錯誤して、自分なりの撮影法も体得しました。花を単に外から観察するのではなく、花の目線で、その中に入り、花と一体となる方法です。

花に意識を集中し、静かにゆっくりと息を吐いて、花の世界に入っていきます。月明かりに照らされた湖面のように、心が和らぎゆったりとした気持ちになります。やがて「わたしが花を見る」だけでなく、「花がわたしに語りかけてくる」不思議な感覚に陥ります。しばらくシャッターチャンスを待ち、花と光が交錯する一瞬に息を止め、シャッターを切ります。

後に、この方法は禅宗の観察法や呼吸法と相通ずる技法と知りました。

花と光の物語

わたしの体験した『花と光の物語』を多くの方に伝えたいと思い、この10年間、毎年個展を開き新作を発表してきました。

会場では一つの作品の前で長い間立ちどまり、花と対話をしている方がいらっしゃいます。花の色や香りだけではありません。風のささやき、草いきれ、土の匂い、虫の音、そして揺らぐ時の流れを感じているのでしょう。心をひそめ、五感を働かせ、花の世界と対話しているのを感じます。

ざわざわと心が落ち着かない時に、写真を見ると心が安らぐ。部屋に飾っていつまでも楽しんでもらえる。そんな作品を目指して、今日も撮影を続けています。